こもれび(8)
た 1990
人を待つというにはあまりに淋しきよ公園に立つ外灯一つ
落葉松の突き立つ空に白き雲形変へゆくまでを見て立つ
ま新しき鉛筆三本を机上に置き緊張の中に待つ受験生の顔
面接に受験生のあどけなしいづこに隠す若き粗暴を
故郷はそこにあるらしちちのみの父の生家を知らざる我は
小さき靴小さき足を持ち上げて危ふげなれど幼は歩く
歩みては地面に座り物つまむ幼の指先清きを見つむ
長の子も二重にかかりし虹を見つと帰らぬ父を待つ食卓に
連休を有意義になどと人には言ひ幼と遊びて休日過ごす
今はもう少し家に居るべし小さき手を絡ます子がゐるゆゑに
道端の春紫苑も蒲公英も美しき花幼と見ゐる
両の手を差し伸べ纏はる子の願ひ叶えてやれず厨に立ちぬ
背を向けて厨に立ちぬかまはれぬ子らの小競り合ひいつまで続く
時鳥夜のいづこに鳴きたるや不意にして三度後の静けさ
時鳥再びは鳴かず生ぬるき夜空は暗くどんより湿る
暗闇にこんなに時計ありしかと「モモ」のごと見る蒼白き表示
職場より疲れたるとき疲れたる顔をして帰れる人は幸せ
家事育児送り迎へもすべてして報はれぬと思へばせつなし
帰宅して風のごとくに出で行けり遊びの約束子は持ちて来て
何処にて遊びしものか靴はきてゆきしとも思へぬ靴下の泥
ち 1991
じたじたと利き足強く踏み鳴らす幼きは意志を守らんとして
暖かき昼の名残が匂ふ路地ふはりと夜の不安漂ふ
昼下がり茶坊に語る妻たちと噛み合はざれば聞き役になる
オリオンの美しく見ゆる夜更けて明日があるなら早くと思ふ
東川の源流みんと辿るなり梅林の中に水湧き出づる
箙の梅と案内板は ここなむ太平記の世界が始まる
芹なづなたびらこ類が生ふる畔小川に橋を掛けんと子が
微かなる汗の匂ひを漂はせ幼は己が悲しみの中
物数へ始めて幼の高き声行きつ戻りつ十まで届かず
幼子に招かれながらの歩みなり白銀の芽が小さく光る
母ほどに背丈の伸びし小六が幼の歩みに合はせて歩く
駆け回る幼き周り蒲公英はウンポポとなり美しく咲く
帰り来て乱雑なるもよしとする赤とんぼ飛び入道雲立つ
雌日芝と雄日芝とを摘みながら夏が早く去りゆく惜しむ
兄弟が釣り糸絡ませ争ひぬ思ひのままならず細き釣り糸
夏の日の熱くなるまでの数時間餌を全部取らるるまでの釣り
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