与謝野晶子 寛60歳の誕辰の賀に詠める歌(その2)

与謝野晶子 寛60歳の誕辰の賀に詠める歌(その2)


     寛の60歳の賀を祝う歌
1 清らなる梅花浮けたり山房の厨の桶もさかづきのごと
2 六十年の春たちかへり二月の二十六日梅の花咲く
3 一本のここちよげなる紅梅よ輦車の宣旨下りしならん
4 友として六十年を送りたる君と梅とをわれらことほぐ
5 陽春と冬ごもりとにまたがれる梅花の宴のおもしろきかな

1の歌、清らかな梅の花が山荘の厨の水桶に浮いている。あたかも祝いの席の杯に梅の花を浮かべたように見える。実にめでたい。
2の歌、寛の60回目の誕生日の春である。二月二六日には満開の梅の花が咲いている。記念すべき素晴らしい日である。
3の歌、1本の紅梅の花が美しく咲いている。あたかも輦車に乗っていいと宣旨が下されたかのように紅梅が美しく咲いている。(輦車=美しい紅梅の比喩=寛の60歳の賀のめでたさ)
4の歌、君と梅とは今年で60年間を友として来たのだね。今年還暦を迎えた君と美しい梅の花とを我らは祝福します。
5の歌、温かい日と寒い日にまたがっている梅の花の季節の「梅花の宴」(還暦の祝い)は実にめでたいことだ。
寛の還暦の祝いを満開の梅の花とともに、華やかに祝えることの喜びを詠っている。

      理想の場所
1 梅立ちて日のさす藁屋蓬莱をこの姿とも思ひけるかな
2 暗きより暗き閨にぞ香の通ふ見えぬ光の添ふ梅ならん
3 白鈍き紬の色の梅立ちて暖かげなる人の家かな
4 家の内たとへばかまど明神のおはすあたりも梅の香となる
5 梅の歌詠む春の夜となりにけれ山の住まひの蘭燈のもと

1の歌、梅の花が庭に咲き、暖かな日が当たっている粗末な藁屋がある。このたたずまいこそ仙人などが住むという蓬莱の地のように思われる。(梅の木があって暖かな日が差す。これぞ理想の地と晶子は思う)
2の歌、暗い夜の庭から暗い深窓の部屋にまで高貴な梅の花の香りがする。見えない光に導かれている梅の香りなのだろう。
3の歌、白い梅の花が咲いていている家がある。暖かげに見える人の家だなあ。(「白鈍き袖の色」は白い梅の花の比喩。1に通じる境地)
4の歌、家の内のかまど明神を祭ってある辺りまで良い梅の香りがするよ。家のいたるところで梅の香りがする。ほっと安らぐ香りだ。
5の歌。梅の花が咲いて、梅の歌を詠む季節になったことだなあ。静かな山荘で洋燈を点けて。(歌を今しも詠んでいる。)

 梅の花、梅の香りをかぐと晶子はほっと安らぐ。梅の花が咲く季節を歓迎するとともに、かぐわしい香りにひったって、しみじみとした安らぎを感じる時間だ。(もちろん寛が梅と見立てられ、その場所に居るのであろう。)

(参考) 寛の歌から(「与謝野寛選歌集」より)
a 年長けて梅を見る日の楽しさよわれ云はねどもこの花ぞ知る(昭和8年)     
b 天と地とひとしきことを思ふ身は梅の咲くをも我が咲くと見る
c 梅嗅げば薬のごとく催してこころ高まる清き世界へ(昭和10年)
d 見るほどに花と人とを誤りて妻に言ふをば梅に云ふかな
aの歌、年を重ねた今年も梅の花が咲いたのを見ることができて嬉
しい。私は口に出して言わないが、梅の花は私の嬉しい気持ちを知
っているよ。
bの歌、私は天と地と等しい身であると思っているので、春になっ
て梅が咲いたのを見て、私が梅に同化して咲いたように嬉しく思う。
cの歌、梅の花の香りをかぐと薬のように体に香りが作用して、心
が高まって清らかな世界に導かれる。
dの歌、梅の花に見入っていると幽明境に紛れ込んでしまったのか、
花と妻(晶子)とを見誤って梅に話しかけてしまった。
 寛にとっても梅の花は特別な花なのである。晶子は梅の香りに安
らぎ理想の地であると詠っているが、寛は精神が高揚し清められ妻
といると自然と一体となっているような親しみを感じている。

                   《(その3)へ続く》

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