常識から自由になる

 2021.8.26

常識から自由になる

昨日の「常識という危うさ」で女性の生き方に新たな発見をしたのだったが、『迷走生活の方法』福岡伸一 文芸春秋社刊 を読んで、それを補足説明するようなエッセイに出会ったので、紹介したい。

 著書の表紙には「迷走生活とは、秘かなパワーを持つ”迷走”神経を活性化し、些事にとらわれず、朗らかに長生きする生活のこと。とあるが、内容は多岐にわたっていて興味深いテーマが論じられていた。

ここで取り上げようと思うのは、人類が個の生命の尊重という言葉の力から、生殖という本能から自由になったという話。以下P200から引用する。

 ―生命のありようを、人間の規範や制度に当てはめようというのは間違った考え方。むしろ、生命のありようを相対化できたのが人間という生物である。

 人間は、生物の中で唯一、遺伝子の掟から自由になれた種だといえる。生物にとって、遺伝子の掟とは一言でいえば、産めよ・増やせよ、ということ。種の存続が至上命令であり、そのために個々の生命はツールでしかない。個体は次の世代を作り出す道具。大半は食われたり、のたれ死んだりしてしまう。そして、役に立たない個体、生産性のない個体に用はない。これが遺伝子の掟。人間は、この遺伝子の束縛に気がつき、そこから自由になることを選んだ。種の存続よりも、個の生命を尊重することに価値を見出した。これが基本的人権の起源だ。

 別に、種の保存のために貢献しなくてもいい。産んだり・増やしたりしなくても罪も罰もない。個の自由でいい。なぜ人間だけがこんな境地に達することができたのか。それはとりもなおさず言葉を作り出したからである。

 言葉の力によって、生命が本来的に持っている不確かさや気まぐれ、あるいは残酷さや冷徹さに対抗しえたのだ。言葉の作用によって、遺伝子の命令から脱し、個体の自由を獲得したのである。―

・「人類ののみが言葉の作用によって、遺伝子の命令から脱し、個体の自由を獲得したのである」⇒ 異性間の婚姻にとらわれなくてもよいという考え方ができる。

・(P216引用)われわれホモ・サピエンスはロゴス(脳が作り出したフィックション・あるいは倫理や言葉)を発明したことによって、ピュシス(本来の・ありのままの自然)を制御し、アンダー・コントロールに置いた。(略)都市化された私たちの社会はいやおうなくロゴス万能主義の道を邁進している。⇒種の存続という自然に捉われなくともよい。

・(P232引用)人間の「勉強」は知識を貯めて、その中から最適解を選ぶことじゃない。むしろ自分自身を壊すことに意味がある。当然だと感じてきたこと、当たり前のルール、知っていると思ってきたこと、そういった一切の常識や既存の知識を壊し、自分自身を作り変えるために勉強が必要なのだ。(略)勉強するのは自由になるためだ。

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