所沢市出身の三ヶ島葭子3

三ヶ島葭子(その3)
 (その1,2)の時代の前。葭子が短歌を詠み始めた頃の作品
明治41年(葭子23歳)6月、東京府下西多摩郡小宮村尋常高等小学校に代用教員となり赴任する。
大正元年所沢在住の倉方寛一と知り合い、葭子は大正3年3月小学校を退職、寛一と結婚する。以下の作品は、その倉方寛一との愛情を育んだ時代の作品である。

大正2年 初出「青鞜」
・君を見ん明日の心に先立ちぬ夕雲赤き夏のよろこび

大正3年
・昨日まで今日の昼まで君と見し山暮れはてて雁鳴きわたる
・いま誰か山に火を焚くああこの身煙となりて君に往かまし
                           『三ヶ島葭子歌集』より

葭子の恋愛時代の作品
・君が明日この山里に会いに来てくれる。君に会える喜びのためか、夕焼けが美しく、すべてのものが夏の喜びに満ちているように思われる。
・昨日から今日の昼まで君と一緒に見ていた山村の風景である。その山もとっぷりと暮れて君は君の家に帰っていった。あたりは一気に寂しくなり、折しも雁が鳴きわたっていくのを見ると、君が帰っていく家路が案じられる。
・いまこの山村で誰か野焼きをする人がいて、煙がたなびいている。ああこの身もあの煙のように恋しい君のところに飛んで行きたいと思う。
 恋人との再会の喜びと君の帰っていった後のわびしさ、真心の伝わる佳い作品。

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