所沢出身の三ヶ島葭子8
(その8)
葭子と所沢
葭子は所沢の義父に預けている一人娘みなみに会いにたびたび所沢を訪ねているが、その折の歌を今回は拾って見た。
大正10年3月号「アララギ」
・吾子のゐる田舎へゆくと雪の日の小さき汽車に足冷えてをり
・明日のあした吾子に着すべき衣持ちて汽車に乗りをり大みそかの夕べ
・元日のひねもす忙し年玉の手拭いを裁つふるさとの家に
・年玉の手拭いたたむわが前をゆきかひ遊ぶ吾子の足見えつ
大正10年5月未発表
・茶をつくるふるさとの家箕をもちて我も茶をあふるたやすきことなれば
・学校にわが子出でゆきて時たちぬ飛行機の音ただにきこゆる
・雨あとの風すがすがし桐の花はずむけはいに散りにけるかも
・端居して夏衣縫へるふるさとの家ひろびろし夕明りさす
・家人が茶をのみ語る時久し縁側に雨を見つつわがをり
・柵によりて弟の話聞きてをり牧場に牛の眠れる白夜
大正10年 未発表
・月の下にわがうちみたりむきむきに牛は牧場の柵のうちに眠る
・夏の夜は靄たちこめぬ月の下に眠れる牛の斑みえつつ
大正12年 これは所沢か?
・わが家のまへをとほる飛行船大いなるもの空をゆくかも
「三ヶ島葭子歌集」より
義父の家は「倉方牧場」といって乳牛を飼っていたらしい。正月には年玉として、名入りの手拭いを取引先に配る。その手伝いを実家に来た折には嫁として行う。5月には製茶の手伝いもまた縫い物もする。
倉方牧場は所沢飛行場(現在の所沢航空公園)の近くにあり、飛行機の音も聞こえてくる。戦後には駐留軍の兵士に「うまい牛乳」と評判が良かったという。
葭子と所沢
葭子は所沢の義父に預けている一人娘みなみに会いにたびたび所沢を訪ねているが、その折の歌を今回は拾って見た。
大正10年3月号「アララギ」
・吾子のゐる田舎へゆくと雪の日の小さき汽車に足冷えてをり
・明日のあした吾子に着すべき衣持ちて汽車に乗りをり大みそかの夕べ
・元日のひねもす忙し年玉の手拭いを裁つふるさとの家に
・年玉の手拭いたたむわが前をゆきかひ遊ぶ吾子の足見えつ
大正10年5月未発表
・茶をつくるふるさとの家箕をもちて我も茶をあふるたやすきことなれば
・学校にわが子出でゆきて時たちぬ飛行機の音ただにきこゆる
・雨あとの風すがすがし桐の花はずむけはいに散りにけるかも
・端居して夏衣縫へるふるさとの家ひろびろし夕明りさす
・家人が茶をのみ語る時久し縁側に雨を見つつわがをり
・柵によりて弟の話聞きてをり牧場に牛の眠れる白夜
大正10年 未発表
・月の下にわがうちみたりむきむきに牛は牧場の柵のうちに眠る
・夏の夜は靄たちこめぬ月の下に眠れる牛の斑みえつつ
大正12年 これは所沢か?
・わが家のまへをとほる飛行船大いなるもの空をゆくかも
「三ヶ島葭子歌集」より
義父の家は「倉方牧場」といって乳牛を飼っていたらしい。正月には年玉として、名入りの手拭いを取引先に配る。その手伝いを実家に来た折には嫁として行う。5月には製茶の手伝いもまた縫い物もする。
倉方牧場は所沢飛行場(現在の所沢航空公園)の近くにあり、飛行機の音も聞こえてくる。戦後には駐留軍の兵士に「うまい牛乳」と評判が良かったという。
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