入間市散歩 (高倉寺と明治天皇御野立所)
入間市散歩(高倉寺と明治天皇御野立所)
入間市では高名な高倉寺。何かで読んだ記憶には高倉→高御座から派生した言葉で、高館のようなものがあった場所というのであった。古代、渡来人が武蔵野に多く配され開拓と蝦夷との隙間を埋めるような形で住まわされていた。そのころに「日本書紀」にも登場する高倉某がこの辺りの出身であったというような記述があったように思い、古代ロマンを感じていた場所であるので、少しの時間を利用して予備知識もなく見学に行った。入間市の駅から右へ下るように歩いていく。霞川を渡って、16号の下をくぐり住宅街を道なりに歩いて20分ほどで到着した。
とても落ち着いた感じの立派なお寺であり、墓地の先に梵天山と呼ばれるところがあり、明治天皇が明治16年に陸軍の野外演習をご覧になった場所であるという。
明治天皇が野外演習をご覧になるために、所沢に明治天皇行在所という斎藤家の建物があり、飯能には天覧山というやはり明治天皇が野外演習をご覧になった場所があると3か所の点が今結びつき、新たな発見をしたような喜びに浸っている。
光昌山 高倉寺 立派な堂々たる風格を持つお寺だ。双龍の彫り物
鐘楼
山門
高倉寺 本堂
本堂わきから飯能方面を眺望 手前の山が飯能の天覧山だろうか。奥の山は奥秩父の両神山。天覧山は元は愛宕山と言い、江戸時代に16羅漢の石仏が置かれ羅漢山、そして明治天皇が近衛兵春季小演習をこの羅漢山山頂から統監したことにより、天覧山と言われるようになった(197m) 良い眺望である!!
高倉寺の墓地の先の梵天山というところに、明治天皇御野立所の石碑があった。ここから入間川の河川敷での陸軍の野外演習をご覧になったらしい。
ヤブカンゾウ
カラスビシャク
梵天山から見た高倉寺。
<明治天皇近衛兵春季大演習(小演習)を統監の次第>
明治天皇 明治16年4月16日、御所から馬車で8:30出発。荻窪、田無,久米川で昼食、3:20所沢斎藤家の行在所に到着(所沢泊)
4/17 8:30所沢発、黒須村、飯能の金子忠五郎宅、行在所に11:14到着(飯能泊)
4/18 演習を羅漢山で天覧した。時には騎馬姿で。(飯能泊)
演習参加は、近衛第一、第二連隊、砲兵大隊、騎兵中隊、工兵中隊の諸隊。
4/19 午前5時、黒須村、不期対抗の戦闘演習を高倉山(梵天山)から天覧、
後所沢へ1:40昼食 斎藤家(所沢泊)
4/20 8:00所沢発 午後1:00御所に還幸修了。(所沢市史から)
コメント
コメントを投稿