与謝野晶子 寛60歳の誕辰の賀に詠める歌(その4・完)

与謝野晶子 寛60歳の誕辰の賀に詠める歌(その4)

 色彩豊かで絵画的な歌。



1 雪のうへ赤絵の皿のここちして紅梅ひらき日の光満つ

2 紅梅を透かして見れば池の端孔雀の色す春の夜明けに

3 黄金を伏せたる如き雪なれど蕊のめでたき梅を抱くのみ

4 梅こぼるささやかなれど次次に脱ぎしいくつの衣とおぼゆる

5 暁の富士の朱壁のもとに咲く伊豆の山辺のしら梅の花

 これらの歌はわかりやすいと思うので特に解説はしない。晶子らしい色彩豊かで絵画的でイメージしやすい作品である。

(参考)寛の歌から

i 鮮やかに紅の色して花の持つ睫毛うつくし紅梅の蕊(昭和8年)(3と対応した作品)


 古典故事を引用した歌

1 梅に住む羅浮の仙女も見たりしと君を人言ふ何ごとならん

2 梅咲けば蕪村思ほゆその人が唐の詩人を思ひし如く

3 我が梅の盛りめでたし草紙なる二条の院の紅梅のごと

4 梅咲けば漢宮の女をわれも見る君が描けるは何のまぼろし

5 紅梅は雪をぞ著たる宮姫が小忌のころもを上にするごと

古典故事を引用した部分( )内と解釈
(羅浮の仙女=梅に住む伝説の美女)
   梅の木に住むと伝えられる伝説の美女を君が見たと人が言っていますがどういう
   ことでしょうか。梅の木の精を見たのでしょうか。

  (蕪村という俳名は唐詩から名付けた。また蕪村には梅の花を歌った句がある。
  (「二もとの梅に遅速を愛すかな」など)
   私は梅の花が咲くと梅の花の句を詠んだ蕪村を思い出します。その蕪村が唐の詩人
   を思い描いたように。(唐詩から蕪村は名を付けた)

  (草紙なる二条の院=源氏物語の二条院のことか。後に紫の上の住居となった)
  我が庭の梅は今を盛りと咲いています。あの源氏物語に語られる二条院の美しい紅梅
  のように。

  (漢宮の女=長恨歌の楊貴妃か)
  梅の花が咲くとそこに美しい漢宮の女(楊貴妃)の姿を見ます。君が梅の花に思い描
  くのはどのようなまぼろし(女)でしょうか。(①と同様の発想)

  (宮姫が小忌(おみ)ころも=白い衣装をはおる)
  紅梅が咲き始めた後に雪が降り積もった。まるで宮女が白い衣を羽織ったようにみえる。


  古典にかかわる故事を歌に引用することで、古典の持つ豊かな詩情が一首の中に広がり、眼前の風景とともに味わい深い作品を形成していまる。特に後半の③④⑤は源氏物語や白楽天の長恨歌を引いて華やかな宮廷文化と主人公の悲劇的な美しさをもののあはれという面から一層深めてくれる。

 
 (参考)寛の歌から
j 長安の花たることにふさはざる野末の梅も春に先立つ(昭和8年)

(長安の花=楊貴妃か 野末の花=日本の梅の花)
 古都長安の花ほど美しくはないが、ここの花も春に先立って美しく咲いた。

 晶子の歌に呼応してか、長安の梅の花を詠む寛。打てば響くような寛の対応力である。いずれも美しい満開の梅の花、今を盛りの2人ではないか。 解説するための紙数が足りない。晶子の歌をそのまま提示する。古典故事を引用することにより、故事と歌意とのダブルイメージを構成し、重層的で味わい深い作品となっている。

五 結び
 「梅花集」は寛の六〇歳の賀の祝いとして編まれ贈られたもので、寛を称え誉めていることは予想通りである。特筆すべきは五八首すべて満開の紅白の梅を詠い、発想が一方ならず豊かで嘱目と心情が溶け合い、どの作品も60歳の寛の賀を称えているということである。身近にいるとつい弱点をあげつらったり、けなしたりしがちであるがそういうこともなく、芸術性に富んだ情味豊かな作品群であった。晶子が常に念頭に置いていたことは、(「与謝野晶子」村松由利子著より)

  「私が良人に対する時は、良人の恋人として良人の一種特別な親友として対しております。「妻」でなくて仏蘭西語のアミイと云ふ語の意味で生活して居ります。」(略)「アミイ」たること、男女が平等な立場で愛し、愛され、あるときは親友として支えあう間柄を晶子はたとえようもなく美しいものと考えた。

あるいは
「歌を作れば二人で声に出して読み上げ、言葉の響き具合を確かめ合ったという。二人はパートナーとして日常生活を按排していた。」

 こういう二人の関係性の集大成が「梅花集」であり、それに寛の呼応したような歌なのではないか。家族でありながら、恋人であり、互いを理解し尊敬する親友のような関係性が、梅花五八首に多様な表現を生み出す活力の源泉になっていると確信した。

(参考文献)
與謝野晶子全集 第6巻 文泉堂書店
与謝野晶子 村松由利子 中公叢書
与謝野晶子歌集 道浦母都子選 講談社文芸文庫
与謝野鉄幹 中 晧著 桜楓社
與謝野寛 短歌選集 平野萬里編 砂子屋書房

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