与謝野晶子 寛60歳の誕辰の賀に詠める歌(その3)


与謝野晶子 寛60歳の誕辰の賀に詠める歌(その3)

    寛は元気で昔と変わらない

1 白梅を見てときめきしその日より老い給はぬも君が年月

2 草ならば秋風の野にありなまし二月に至り梅は咲けども

3 梅の花早く咲きつつ衰ふること速からぬ木の交るかな

4 紅梅の開く初めのけしきなど幾春もまた変わりなきかな

5 紅梅の幹きはやかに添へるかなたとへて云へば黒繻子の襟

1の歌、白梅(寛)に初めて会って心ときめいたその日から少しも老いておられない君の年月だなあ。(初めて会った時と少しも変わらない)

2の歌、もし(君が)草であるならば、秋風の吹く野に居たいことでしょう。しかし、(君は梅)二月になって見事な梅の花を咲かせましたね。(草も梅も好きな君は少しも昔と変わらない)

3の歌、梅の花が早く咲いても花が衰えることが速くない木もあることだ。(寛は元気で花も長持ちしている)

4の歌、紅梅の咲き始めの様子(美しさ)は、いつもと変わりない。

5の歌、紅梅の幹は花に寄り添っていることだなあ。たとえて言えば黒繻子の襟ように。(白梅が「鉄幹」であるなら紅梅の幹の「黒繻子の襟」は晶子を象徴。大阪の家で晶子は黒繻子の襟をつけて家業を手伝っていた。寛は昔と変わらず、晶子も昔の若さを保って寄り添う)


(参考)寛の歌から

e 我老いて心は寒し身は痩せぬ今は友たれしら梅の花(昭和8年)

f 若きより梅に埋れて歌はんと願ひしことの成れる日この日(昭和9年)
 
g 梅古りて花まばらなり老いの身になほ残りたる涙の如く(昭和10年)

h 老いの身の我の如くに疾く咲きて残れるもある山の梅かな

eの歌、私は年老い詩心も失せて身はやせ細ってしまった。そのような私だけれども白梅の花よ変わらずに友達で居てくれ。

fの歌、若い時から満開の梅の花の中に埋もれて薫り高い歌を詠おうと願っていたが、今日はその願いがかなった日だ。

gの歌、梅も古木となり、花付きもまばらとなってしまった。しかし年老いた私の身にもまだ涙が枯れずに残っているよ。(詩心は残っている)

hの歌、年老いた私のように早く咲いてまだ咲き残っている山の梅もあることだ。(3と呼応)

 晶子は私のことを元気だ。昔と少しも変わらないと言ってくれるが、私は年老い詩心もやや衰えてきている。しかし、まだ涙は枯れずに残っている。還暦を迎え、老いを感じる時もあるが、まだ花を咲かせ、咲き残るだけの元気さがあると応じている。


                          《(その4)へ続く》

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